タニワキ日記

情報通信技術(ICT)関連のコラムです。記事は筆者の個人的見解です。

週刊タニワキ(1月16日)

10日(火)、週初めの定例のミーティング。午前は講演資料の送付や日程の調整などのメール処理。午後、来客数件。その他、クラウド関連の資料を読む。夜、赤坂の某事務所で鰻をつつきながら被災地支援プロジェクトの打ち合せ。久しぶりに八代先生と意見交換。相変わらずお元気。

11日(水)、朝7時半から麹町にて勉強会の講師。ICT市場の最新トレンドについて1時間半の解説。職場に戻り、午前は資料の整理など。午後、大臣室での意見交換会に陪席。電子政府、コンテンツのグローバル展開など。夕刻、知人来訪。映像配信とクラウド関連のプロジェクト。あれこれコメント。夜、霞ヶ関ダイニングで懇親会。途中で抜け出して浜町で知人と飲み会。日本経済の今後についての意見交換だったが、明るい話題がないのは頭が痛い。

12日(木)、午前は来客1件。通信放送分野の政策課題について意見交換。午後、大手町にて教育の情報化に関するデモを拝見する。コンテンツの作りが素晴らしい。学校での学習と家庭での学習の連携。またすべてはクラウド利用だが、実にスムーズに動いている。今後の課題はコスト削減、コミュニティを含む運営・支援体勢の在り方など。職場に戻り、映像配信プラットフォームの打ち合せ。来客。さらに、ビッグデータ関連の打ち合せ。データ→情報→知識への昇華のための技術開発、知識のリアル空間への迅速なフィードバックのための技術開発などが重要だと思う。夜、西新橋で知人と中華。食べ放題・飲み放題で2,980円なり。

13日(金)、内閣改造総務大臣は留任。午後、打ち合せで麹町。そのビルの12階からみた夕陽の富士山。美しい。

14日(土)、朝9時前の新幹線で仙台へ。仙台到着後、車で石巻に向かう。駅のそばで石巻焼きそばを食べ、商店街の中にある呉服屋さんへ。ここは発災後もネットがつながっていたとのことで、周辺の情報拠点になっていたとのこと。回りのネットはすべてダメだったとの事で、これは奇跡的。店内では、女の子がお化粧をして記念写真を撮っている。震災で撮れなかった七五三の記念写真を撮影している。NPOの活動の一
環。市内のコミュニティセンターの取り組みを拝見する。工場の一角を子ども達の集える場所にしている。

 東京外大のボランティアが子ども達の相手をしている。毎週来ているとのこと。別の集会所ではアパートの一角に化粧品会社が資金提供してコミュニティセンターを作っている。CSRとはいえ商売色の強いスポンサーとボランティア団体との間の意識のずれのようなモノもあるようだ。次に、少し山間に入った工業団地の一角に向かう。ここは大規模な架設住宅が設置されている。

 仮説住宅のコミュニティセンターはとても広いが、週末ということもあるのか、閑散としている。マッサージチェアを利用するために老人が時折おみえになる程度。仮設にあるコミュニティセンターは社会福祉協議会たボランティアの人達がいて、何も用事がないと仮設の住民の皆さんがフラッと立ち寄るのが憚られる雰囲気があるとのこと。NPOの皆さんがイベントなどを計画したりもしているようだが、十分な参加が得られず引きこもりがちになってしまっている。社会福祉協議会などの仮設見回りも1〜2日に1回行われているが、「何か困っていることはないですか?」という問いかけに最初は答えていたが、何も状況が変わらないので、そのうち、困っていることがあっても「いや、何も困っていることはないです」という答えになっているとのこと。コミュニティセンターとは別に集会所もあるが、鍵の管理をする人がいなくて結局使われていなかったり。仮設の自治に市が介入することがなく放置になっている面もある。結局は「人」。
 黄金浜の集会所に立ち寄る。地域住民、NPOの皆さん達が集会所を改修するための作業中。

 写真の軒先の下にある横線の部分まで津波で水が上がったとのこと。集会所は地域住民の皆さんがお金を出し合って土地を購入して建設したもの。となると、市は一切面倒をみてくれないとの事。「まずは集会所をきちんとしないと、コミュニティがなくなってしまう。」と真剣な表情で関係者の皆さんは話されていた。NPOで腰を据えて支援に入っておられる方も多数。笑顔で「自分は整体師なので(地元の皆さんに)重宝してもらってます」と笑顔で語るボランティアの方も。
 市内の呉服屋さんに戻り、打ち合せ。その後、近所の居酒屋「松竹」で酒を飲みながら地元の皆さんやNPOの若者達と意見交換。黄金浜のFさんから「携帯電話が災害の際に使えるようにしてほしい」との話。震災直後、気が張っているので食事や水は喉をとおらない。支援物資は必要でない。でも家族の安否を知りたい人々の「携帯電話を使いたい、話したい」という思いの強さ。「家族が目の前で流された人はまだいい。あきらめもつく。然し、カミサンの安否がわからない男達は半狂乱で携帯電話の番号を押し、繋がらないといっては号泣していたんですよ。」という言葉に胸をしめつけられた。「津波は終わったこと。でも、また災害が起きたときに同じだけの人命が失われたらダメだ。亡くなった人達の供養をすることも大事だけど、同じ事を起こさないというのも大事な供養だよね。」と。
 お店を出ると雪がちらついている。また来ますね、ということで、車で仙台に戻る。1時間くらい。仙台も雪。1時間程度繁華街をぶらついてホテルへ。

15日(日)、仙台市内の雪はあがっている。凍結した箇所もあるので注意深く避けながら市内ジョギング。10.5kmを1h20minで。とても寒いが10分程度走っていると体が暖まってくる。緑が多く空気がキレイなので、走っていて気持よい。ホテルに戻ってシャワーを浴びて、NHK「被災地からの声」を視る。この番組は仙台に来るたびに見ているが、日曜朝の30分番組で被災地の皆さんの生の声を紹介している良い番組。東京では見られないのだろうか。
 駅で買い物をして新幹線で東京へ。2時間かからない。近い。自宅到着が1時過ぎ。早速買ってきた牛タンとエンガワ寿司を家族と食べる。美味。午後、録画しておいたカーネーションを観る。その後、野菜の煮物を作る。しりあがり寿の「あの日からのマンガ」を読了。この作品はとても良い。夜、平清盛を観る。ううむ。映像は素晴らしいが、もうちょっと様子見。