タニワキ日記

情報通信技術(ICT)関連のコラムです。記事は筆者の個人的見解です。

デザイン思考とは何か

 アマゾンのキンドルは本の読み方をアナログからデジタルに転換しただけではない。これまでは書籍の販売後は読者の動向を把握することはできなかったが、電子書籍だと読者がどのように本を読んでいるかまで把握できるようになった。モノ作りとサービス作りの一体化が進んでいる。

 日本は「モノ作り大国」を標榜し、高い技術力を活かして高機能で安価な製品を生み出してきた。しかし、拙著「ミッシングリンク」(2012年7月、東洋経済新報社刊)でも指摘したように、現在は「モノ作り」と「サービス作り」が一体化し、利用者コミュニティと価値を共創するエコシステム(生態系)をいかに上手く作り上げるかが重要になっている。これは、デジタル機器のコモディティ(日用品)化によってハード(モノ)だけでは投資資金を回収できなくなり、ハード販売以降もサービス提供を通じて利用者との関係を維持しながら収益を上げるモデルと言える。グーグル、アップル、アマゾンなどの構築したモデルはこうしたモデルだ。

 こうしたハード作りとソフト作りの一体化は米国で先行した。今、注目されているのは、この2つの要素に加えて「仕組み作り」という要素を加えて考えてみてはどうかという議論だ。つまり、「ICTで出来る事がある→解決できる課題を探す」ではなく、「ここに課題がある→解決する仕組みは何か考える→そのためにICTを活用する」という発想の転換である。少子高齢化、資源不足、環境問題など、日本は世界に先駆けて解決しなければならない課題が山積している。課題解決型ソリューションの開発。ここに日本の強みを発揮しなければならない。

 この思考の転換は「デザイン思考」と呼ばれる。民俗学の権威である梅棹忠夫先生は、その著書の中で「物資、材料そのものを開発する手段は非常に発展した。ただ、一番の問題は、それをどう組み合わせるかというデザインの問題だ。そうすると、情報産業時代ということは、いわばそれは設計の時代であり、あるいはデザイン産業の時代だ。情報産業時代における設計人あるいはデザイナーという存在は、産業の肝心のところを全部握っているものである」と述べている(「情報産業社会におけるデザイナー(1970年)」(梅棹忠夫著作集第14巻「情報と文明」所収、中央公論社))。まさに慧眼と言える。

 デザイン思考の企業IDEOのCEOを務めるティム・ブラウンは著書の中で「『デザイン』が『デザイン思考』へと進化するにつれて、デザイナーの活動は、『製品の製造』から、『人と製品の関係の分析』、さらには『人と人との関係の分析』へと進化を遂げてきた」と指摘している(「デザイン思考が世界を変える(2010年、早川書房)」)。人と人の関係を分析するためには、そのための仕組み作り(デザイン思考)を考え、これを実現するためのモノ作りとサービス作りの連携を考える必要がある。

 こうしたデザイン思考を持った人材をどう育てるか-----。これまでもICT人材の不足が幾度となく叫ばれてきた。しかし、どういうICT人材が不足しているのかという点が必ずしも明確ではなかった。総務省の調査研究によると、求められるICT人材とは、①社会的課題の本質を掘り下げてICTの利活用による解決策をデザインする力、②解決策を業務プロセスシステムとして具現化する力(SIer)、③競争力のあるソフトウェア開発をする力(プログラマー)の3つの類型に分けている。特に①がデザイン思考ができる人材であり、近年の産業構造やビジネスモデルの変化を踏まえ、その育成を急ぐ必要がある。

 大学も動き始めている。慶応義塾大学はSFC(Social Fablication Consortium)を設立。デザイン思考を通じた課題解決を進めている。ここでは教員は「知識を教える」のではなく、「アイディエーション(発案)」を助けるファシリテータ型教員とアイデアを形にすることを助けるファブリケータ型教員の2名が指導する体制をとっている。

 13年度から開講した京都大学デザインスクールでは、「情報学などのサイバーと工学などのフィジカルの専門家が、経営学、心理学、芸術系の専門家と恊働して、問題の発見と解決が行えるよう教育を行う」(同大学HPより引用)ことを目的とした「京都大学デザインイノベーションコンソーシアム」を設立し、地元産業界や行政とも連携しつつ、課題解決型の人材育成を進めている。

 米国スタンフォード大学でデザイン思考人材を育てる「d-school」は、デザイン思考の重要性について「今日、世界が直面している課題の規模や複雑さは従来経験したことのないものであり、解決策は1つの分野から生まれるのではなく、イノベーター間のコラボレーションから生まれる」と説く。世界的な課題の解決にはデザイン思考が不可欠なのである。

 そこまで大上段に振りかぶらなくても、公立はこだて未来大学の取り組みも参考になる。同大学では大規模病院をフィールドとして「患者と病院との間の適切なコミュニケーション開発」をプロジェクトとして採択。患者の立場に立って病院システムの改善を提案、採用された。この産学のコラボレーションは05年のグッドデザイン賞(新領域部門)を受賞している。まさにデザイン思考を課題解決型ソリューションに活かした例と言えよう。

 デザイン思考を持つ人材は何もICT分野に限定されない。最終的に目指すべきは、ICTを活用して広く様々な分野でデザイン思考を持つ人材を育てることにあるのだろう。そして何より重要なのは、こうした人材育成の仕組みを産学官の連携体制の下で育てていくことであろう。(文中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

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