タニワキ日記

情報通信技術(ICT)関連のコラムです。記事は筆者の個人的見解です。

2045年問題

 この夏公開された映画にジョニー・デップ主演の「トランセンデンス」がある。研究者であるジョニー・デップの脳をコンピュータに移植するという物語だが、これを一概に「単なるSF」とは片づけられない時代になってきている。

 最近、米IBMは脳内の神経活動をシミュレートして演算処理を行うマイクロチップ「TruNorth」を開発したと発表した。チップの基盤となるデザインは、2008年から米国・国防総省高等研究計画局(DARPA)が提供する資金約5300万ドル(約53億円)を使って、コーネル大学と共同開発したもの。DARPAは1960年代にインターネットの仕組みを開発した研究機関としても有名だ。

 人間の脳の大脳皮質は140億個の神経細胞(ニューロン)が相互に結合したシナプスを経由し、ニューロンで発生した電気信号を伝達することで機能を果たしている。今回IBMが開発したマイクロチップは百万個のニューロンに相当する54億個のトランジスタを搭載しているとのことで、人間の脳のシナプスの数に比べると遠く及ばないものの、技術が加速的に進化することを考えると将来的には人間の脳に比肩し得るコンピュータが登場することも夢物語ではないだろう。事実、2012年6月にグーグルが公表した同様のコンピュータは1万6千個のニューロン(今回のIBMのマイクロチップの100分の1に相当)を持っていたが、YouTubeの猫の画像を1週間視聴させたところ、猫の画像を正確に認識できるようになったという。

 そもそも現在のコンピュータはノイマン型と呼ばれるもので、プログラムに従って命令を逐次実施していく方式をとっている。しかし、脳の機能を模した非ノイマン型の場合、コンピュータが自分で「考え」たり、「理解」することが可能になる。ただし、ニューロンの数だけでなく、ニューロンをつなぐシナプスの数は人間の場合は100兆を越える(TruNorthのニューロンの数は2億5千万個)とも言われており、その数は脳が刺激を受けると成長が促されて太くなり、あるいは数が増加していくという。非ノイマン型のニューロコンピュータの場合も、シナプスの数はもとよりニューロンの数を自在に増やしたり太くすることができる仕組み作りが重要な要素となっていくだろう。

 IBMのプロジェクトは2016年まで続く予定で、究極的には人間の脳と同じ体積、機能、エネルギー消費を実現することにあるという。こうした「自ら考え、理解する」コンピュータが実現することで、極めて高度な情報処理を行うことが可能になる。では、こうしたコンピュータの知能は人間の知能を越えるのだろうか。

 それに対する解答の一つが、米国の人工知能研究者であるレイ・カーツワイル博士の提唱した「2045年問題」だ。コンピュータの性能は幾何級数的に向上している。例えば、集積回路の処理能力には「ムーアの法則」と呼ばれる法則があり、集積回路上のトランジスタの数は18か月ごとに倍になるというもので、この法則に沿って計算能力が向上している。集積回路に限らずコンピュータの処理能力も同じように倍々ゲームで向上していくと、2045年頃には人間の知能全体をコンピュータの処理能力が上回るようになるというのが「2045年問題」と呼ばれるものである。コンピュータの処理能力の向上が「人知」を超えるために技術的に予見することができなくなる「特異点(singularity)」に到達するという意味で「特異点問題」とも呼ばれる。

 この指摘は、人知を超える知能をコンピュータが持つに至るのが30年後という実は近い将来だというメッセージであり、人間では想像できないようなビッグデータの相関関係から新しい因果関係を見出したり、カメラで感知した視覚信号を処理して電気信号で脳に伝えて目が見えるようになったりする可能性がある。また、すべてのモノがネットワークにつながるIoT(Internet of Things)と呼ばれる環境の下で地球上で次に何が起きるのかをシミュレートして予測するような事も現実味を増してくるとの指摘もある。

 他方、おそらく読者の皆さんが何となく感じるであろう「気持ち悪い」という感覚も大切だ。私達はコンピュータを含む機械を道具として使っているのであって、人知を超えるコンピュータに社会を仕切ってもらう世界を求めているわけではない。

 その昔、映画「2001年宇宙の旅」に登場したHALというコンピュータ(IBMの3文字を一文字ずつ戻すとHALとなる)が狂って宇宙船の乗組員を殺害していくというストーリーが頭によみがえってくる。技術の進歩に対していたずらに恐れることは避けるべきだが、ニューロコンピュータなどの人工知能の開発は、SF作家のアイザック・アシモフが著書「われはロボット」の中で提起した「ロボット三原則」のような、倫理的な運用ルールの確立も求められるようになるかも知れない。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

(参考文献)

   松田卓也著「2045年問題~コンピュータが人類を超える日」(平成24年12月、廣済堂新書)

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