タニワキ日記

情報通信技術(ICT)関連のコラムです。記事は筆者の個人的見解です。

教育現場と情報通信技術

 8月16日土曜日。新潟市内で開催されたデジタル教科書学会のパネル討論に参加させていただいた。全国から100名を越える教育関係者が集まり、教育現場に情報通信技術(ICT)をどのように活用していくかという観点から熱い議論が繰り広げられた。パネル討論では、パネリストの一人として、過去3年間の国の実証事業の取組み結果を基に、「ICTを使った教育は効果がある」というエビデンス(証拠)が得られたこと、そして全国展開に向けた課題は何かを明らかにすること、の2点に絞ってご紹介したので、その内容の一端を紹介してみたい。

 

 総務省では、文部科学省の「学びのイノベーション推進事業」と連携しながら、平成22年度から3か年計画で「フューチャースクール推進事業」を全国20校(小学校10校、中学校8校、特別支援学校2校)で実施した。具体的には、インターネットや電子黒板、一人一台のタブレットPCを教育現場に持ち込み、これらを活用した授業によって学習効果を高めようという試みである。

 

 昨年6月、こうした実証校の一つである沖縄県宮古島市の下地中学校を訪問した。私がみせていただいたのは中学2年の数学の授業で、連立方程式について生徒達は学んでいた。驚いたのはスカイプで新潟県上越教育大付属中学校の40名の生徒と繋がって同時並行で授業が進行したこと。下地中学校の生徒26名と一緒になって問題の解法を共有したり、互いに質問する。インターネットは距離の制約を越えるのが大きな特徴の一つだが、まさに沖縄と新潟の距離を越えて生徒が共に学び合う「恊働学習」が実践されている。

 

 教育の情報化というとパソコンの前に生徒が座って無表情に画面を見ているという無機質なイメージを持たれるかも知れない。しかし実際には、従来の黒板と電子黒板をうまく連携している。生徒達の意見や学習のポイントは先生が従来どおり板書していく。一方、生徒達がタブレットPCにペン入力で手書きした数式などは、すぐに電子黒板に転送してみんなで共有できる。アナログとデジタルの良いところを組み合わせることで相乗効果が生まれる。

 教育の情報化で重要なのは支援員の存在だ。機器の操作などもすべて教員が行うのでは負担が大きい。このため1〜2名の支援員を教室に配置し、機器の操作に戸惑っている生徒をサポートするなど授業の円滑な進行を助ける。教育の情報化というと若い先生中心に展開しているように思われるかも知れない。しかし、実際には教育経験が豊かなベテランの教員の方がうまく電子黒板などを使いこなしている例も多い。その背景にはこうした支援員の存在も大きい。

 東日本大震災では実に50万冊以上の教科書を津波で消失した。災害時の備えとして教育の情報化をとらえることも進めることも必要だ。被災地では避難所の3分の1が学校の体育館だった。学校の情報化を進めることによって平時は教育に活用し、非常時には被災住民への情報提供に活用することもできるだろう。

 

 このように、インターネットを活用することで、県内はもとより、県外さらには海外の学校と共同授業を行ったり、生徒がタブレットで作成した答えを瞬時に電子黒板に投影して教室全体で共有できる。漢字の書き取りや算数のドリルなど、習熟度に合わせた問題がタブレットに表示され、しかも生徒の進捗状況をきめ細かく先生が把握することができる。実証校を対象としたアンケート調査の結果によれば、実証期間の3年の間に、学習活動の質の向上(77%→91%)、知識や思考の共有(87%→90%)、学習への意欲(89%→94%)という効果が見られたという。こうした具体的な効果が広く認識されるようになったことから、東京都荒川区佐賀県武雄市では、すべての小中学校の各生徒にタブレットPCを配備するなどの動きが出てきている。

 

 他方、課題も明らかになってきた。例えば、サーバや端末の管理、アプリケーションの更新などの作業を学校単位で行うのは大変。そこで教育クラウドを構築して教育委員会などによる一元管理を実現すれば、先生方の手間やコストが大幅に減らせる。また、デジタル教科書やドリル教材など、アプリケーションごとに生徒の進捗状況などについて得られたデータの連携ができていない。そこで、アプリケーション間のデータ連携の仕組みを構築することが必要になる。さらに、家庭と学校との連携を図り、学校での学習結果を持ち帰って自宅のパソコンで復習したり、明日の授業の予習をしたりするなどの環境を整備することも重要な課題となってきた。

 

 こうした課題を解決し、2010年代中に全国にICTを活用した教育環境を整備するための「普及モデル」を確立するため、総務省では平成26年度から教育クラウドの構築を目的とした実証事業を開始している。また、文部科学省においても、ICT活用型教育に関する成果指標の開発や、教員のICT活用型教育の指導方法の開発やデジタル教材の標準化を進める事業を開始している。さらに、教育の情報化を進めるための地方交付税措置(平成26年度は1,678億円)もあり、この財源を活用した教育環境のICT化を国が支援する体制も強化されている。

 

 ICT教育システムの開発・普及は諸外国でも取組が強化されている。例えば、韓国では平成23年度からデジタル教科書を配布するとともに、オンライン学習システムの整備を進めている。フィンランドにおいても、デジタル教材の整備、クラウドベースの教育システムの開発、オープンソース型システムへの移行によるコスト削減等に取り組んでおり、国内で実績を積んだICT教育システムをシンガポールを皮切りにアジア市場に展開する方針を明らかにしている。国際競争力強化の観点からみても、教育の情報化はきわめて重要な戦略的取組分野だということができよう。

 

 ICT活用型教育は、教育現場にICTというツールを導入し、一人ひとりの生徒の習熟度に応じた、かつ生徒同士が学びあう協働学習を実現しようというものだ。しかし同時に、せっかくICT活用型教育を進めるのであれば、同時にコンピュータの動作原理を学び、論理的な思考を養う情報教育も同時に推進する必要があるだろう。例えば、英国では、5~7歳という初等教育の段階から「コンピューティング」が必須科目になっている。プログラミングなどの実践的な教育を通じて論理的な物の考え方を養うことを目的としている。ラズベリーパイ(Rasberry Pi)と呼ばれる小型コンピュータも数千円で手軽に購入できる状況になっている。子供が簡単にプログラム原理を学べるツール(例えばMITメディアラボが開発したScratchなど)も気軽に利用できる。単にアプリケーションを買ってきて利用するというだけではなく、その動作原理を理解し、よりよいアプリケーションのプログラムを書ける人材の育成が求められている。

 

 ICTを手段として教育の質を高めるICT活用型教育。そして情報の取扱い方法や論理的思考を養う情報教育。教育現場に情報通信技術を活かすには、この2つを車の両輪として推進していくことが必要だろう。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的見解です)

f:id:yasutaniwaki:20140918063208j:plain