タニワキ日記

情報通信技術(ICT)関連のコラムです。記事は筆者の個人的見解です。

深刻化する偽情報問題

 ネット上の偽(フェイク)ニュースを巡る議論がますます深刻化してきている。従来、インターネット上で情報を共有する場合、ネット上に偽情報が登場したとしても結局は駆逐され、次第に正しい情報に集約していくと考えられてきた。偽情報を提供する人たちは信用度が落ちて信頼されなくなる一方、本当に正しい情報はネット上で生き残り、「良貨が悪貨を駆逐する」と考えられてきた。こうした考え方は「ネット民主主義」とも言われる。しかし、先の米国大統領選の例を見るまでもなく、現在のネット環境では「悪貨が良貨を駆逐する」ことが世界各地で懸念される状況になってきている。

 

 なぜか。例えば、豪州サイバー政策センターの報告書「デジタル時代の民主主義の確保」(2017年5月)によると、一つはエコーチェンバー効果による。ソーシャルメディなどでニュースを配信する仕組みは、各利用者が求める情報を提供するように設計されている。このため、結果として利用者は自分の意見に反する見解に接する可能性が減少し、自分の立場と共通する内容により多く接するようになる。このため、人々の接する情報は自分と同じ考え方の情報がより多く表示されるようになり、反対意見や中立意見を含む多面的な情報を得る機会が減少してしまう。音の反響を調べる反響室(エコーチェンバー)の中にいるように、心地よい音が発せられると、その音が増幅する一方、それ以外の音は耳に入らないようになる。

 

 ソーシャルメディア上の多数のボットの存在も偽情報の拡散の大きな要素の一つだと言える。ボットはソーシャルメディア上の投稿を自動的に行うものであり、これが上記のエコーチェンバー効果と相まって偽情報の拡散に貢献している。ツイッター社の調査結果(2018年1月)によると、ロシア政府につながりがあると見られる広告企業IRAが米大統領選の期間中に使ったボットの数は4万9千にのぼったという。また、2018年5月に米連邦議会下院情報委員会民主党は、大統領選の期間中にIRAがフェイスブック上で配信していた広告のコピー3500件以上を公表した。これらの広告は、2015~2017年の間に1140万人以上の米国フェイスブック利用者の目に触れたという。

 

 加えて、こうした偽情報の拡散は上記のように特定の国が政治的プロパガンダなどを目的として行っているとの指摘があるのに加え、経済的利得を得ようとする動きによって加速化している面がある。より多くのビューワー数を獲得することを通じ、偽情報の作成者により多額の広告収入が手に入る。特に近年は途上国においてもインターネットの利用者が急増し、偽情報の拡散によって収入を得ているという事例も多く報道されている。

 

 ネットマーケティングの手法を偽情報の拡散に用いているという点については、米国シンクタンクのニューアメリカ財団がハーバード大ケネディスクールと共同で作成した報告書「#デジタル欺瞞:インターネット上のプレシジョン・プロパガンダの背景にある技術」(2018年1月)において詳細に報告されている。この報告書によると、こうした偽情報の拡散効果を高めているのがプレシジョン・プロパガンダ(精密なプロパガンダ)と呼ばれるものであり、ネットマーケティングに使われている様々な手法、例えば個人の考えや嗜好に併せて、好みの項目が検索結果の上位にリストアップされるSEO(Search Engine Optimization)や、最適なタイミングで効果的に広告を表示するソーシャルメディアマネージメントソフトの利用、個人の膨大な情報(ビッグデータ)を人工知能(AI)等を使って解析する技術が使われていると言われる。

 

 さらに、2018年4月にマサチューセッツ工科大学(MIT)がサイエンス誌に発表した論文は、ソーシャルメディア上の偽情報は正しい情報に比べて6倍の速さで拡散し、しかもその到達範囲が広いと指摘する。具体的には、偽情報は平均10時間で1500ユーザーに到達するのに対し、正しい情報は60時間かけて偽情報に比べて35%少ない到達範囲にとどまっているとしている。

 

 こうした中、政府による規制の動きも見られる。例えば、ドイツにおいては「ソーシャルメディアにおける法執行を改善するための法律」(ネット執行法)が2017年10月に施行され、本年から運用が開始されている。規制の対象は利用者が2百万人を越えるソーシャルメディアとメディア企業であり、ヘイトスピーチホロコーストを否定するような「明らかに違法な」投稿を24時間以内に削除しないサイトは最大5千万ユーロの罰金を科せられる可能性がある。また、マレーシアにおいても、偽ニュースの発信者に最高6年の禁固刑または罰金50万リンギット(約14百万円)を課す法律(禁固刑と罰金の双方が課される場合もある)が施行されたが、これに対し、「虚偽」の範囲が不明確である点などについてアムネスティインターナショナル等が非難している他、政権批判を封じるためのものではないかとの指摘が出ているとの報道もなされた。

 

 2018年4月、欧州委員会は「オンライン上の偽情報への対処:欧州のアプローチ」と題する政策文書を公表した。この文書では、まず、幾つかの興味深いデータが示されている。第一に、80%の国民(EU域内)が1か月に数回程度の頻度で偽またはミスリーディングな情報に接しており、83%の国民は偽情報が民主主義にとって問題であると認識している。特に、偽情報は選挙や移民政策に関するものが多く、これに健康、環境、安全政策などが続いていると指摘している。第二に、偽情報は拡散の度合いが広く、例えばフランスでは1つの偽情報が1か月の間に11百万の反応を引き起こしており、これは信頼されるメディアの5倍以上だとしている。また、偽情報の拡散の度合いが広い原因として、読者の感情に訴えている(88%)、公的な議論に影響を与えうる(84%)、広告収入を増やす目的で拡散させている(65%)といった反応が見られたという。第三に、信頼できるメディアとして、ラジオ(70%)とテレビ(66%)が最も高く、動画配信(投稿)サイト(27%)やソーシャルメディア(26%)を大きく引き離しているものの、年齢別にみると若年層はオンライン情報を信頼する比率が高くなっていると指摘している。

 

 今回の政策文書では、フェイクニュース(fake news)と偽情報(disinformation)という用語の違いについても解説を加えている。これによると、「フェイクニュースは偽情報の複雑な問題を単純化したもの」であり、偽情報とは「世論に影響を与えたり、真実をわからなくするために、故意に生成または拡散される誤った情報であると理解することができる」とした上で、偽情報には「ジャーナリスティックな間違い、風刺、パロディなどは含まない」としている。また、「フェイクニュースや偽情報はそれ自体違法ではないため、幾つかの(EU)加盟国では法制定の動きがあるものの、現行の法律や自己規制の対象にはなっていない」としている。

 

 さて、政策文書は今後の活動計画として、2018年7月までにプラットフォーム事業者などが参照できる行動規範(Code of Practice)を策定し、その後、行動規範の効果測定などの検証を年内に行い、その検証結果が不十分な場合には規制の導入を含む更なる行動を採るとしている。また、これと並行して、オンライン上のスポンサー付コンテンツが容易に識別できる仕組みづくりを検討するとしている他、AIやブロックチェーン(及びオンライン認証技術)を活用した偽情報対策のための研究開発の支援、ファクトチェックを行う組織を支援するためのデータやツールを提供するための公的プラットフォームの構築、メディアリテラシー教育の充実などに取り組むとしている。

 

 もはやインターネットなしの生活は考えられない中、偽ニュース問題は欧米に比べて国内では相対的に懸念が高まっていないようにも感じられる。しかし、こうした海外の動きをみると、正しい情報を伝え共有し、インターネットの持つ力をさらに発揮させていくこと、そして民主主義という我々の社会システムの根幹を守っていくためにも、どのような技術的な対策が可能なのか、正しい情報を見抜く力をどう養うのか、産学官民の役割はどうあるべきなのかといった点について、具体的に議論を深めていくべき時期に来ているのではないだろうか。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)

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