タニワキ日記

情報通信技術(ICT)関連のコラムです。記事は筆者の個人的見解です。

Sosiety 5.0と”細粒化”

 ここ数年、Society 5.0という言葉がよく使われるようになってきた。人類の歴史を振り返ると、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会と段階的に進化してきた。政府が昨年6月に策定・公表した成長戦略(未来投資戦略2017)において、Society 5.0は「先端技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れ、“必要なモノ・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供する”ことにより、様々な社会課題を解決する試み」としている。ここでいう「先端技術」の代表例がデジタル技術だろう。

 

 第四の社会である情報社会はパソコン革命、インターネット革命と呼ばれる時代と位置づけられる。90年代以降のパソコンの高機能・低価格化、インターネットの民間開放、ブロードバンド網の整備とサービスの低廉化・高速大容量化、モバイルサービスの普及、ウェブ2.0と呼ばれるネット上での新しいビジネスの勃興などが起こった。情報社会では、実店舗でのモノの取引の多くがネット取引(電子商取引)に移行した。ネット取引によって、取引コストが著しく低廉で、かつロングテールと呼ばれるモノも容易に見つけて購入できる世界が生まれた。検索エンジンによって情報収集が飛躍的に容易になり、ソーシャルメディアの普及は情報拡散を超高速化した。ネット上のデジタル情報(データ)のやり取りが価値を生み、またこれらの情報を相互に連携させることで新しい価値が生み出される時代、それが情報社会として現実化してきた。これに続くSociety 5.0はどのような社会だろうか。

 

 そこで、Society 5.0を読み解くキーワードとして「細粒化」という言葉を使ってみたい。今、細粒化が起きているのは主として3つの分野だろう。それは、データの細粒化、モノの細粒化、そして取引の細粒化だ。まず、データの細粒化から見てみよう。これまでもデータを活用したビジネスはたくさん生まれてきた。しかし、データの細粒化によって、大量のデータ、つまりビッグデータが生まれるようになってきた。それを可能にしたのは、センサーなどのデータを収集する機器の進化、データを蓄積するストレージの進化、データを解析する計算能力の進化、そして、これらの機能の低廉化が実現したことが大きい。

 

 データの取得頻度が格段にあがり、リアルタイムで細かいデータを取得できる他、これまではデータを取得することが不可能だった位置情報やバイタル情報も取得可能になってきた。そして、スマートフォンの普及がこうした動きを下支えしている。これにより、今までは見えなかったものが見えるようになり、従来の粗いデータによる未来予測から、データの細粒化による予測制度の精緻化が実現する見込みが立つようになってきた。しかも、データの解析にAI(人工知能)を活用することで迅速かつ効率的にデータの意味を獲得することができる。これにより、未来予測と実現した現実の乖離が小さくなり、その結果、こうした乖離によって生まれる無駄や非効率を最小化し、部分最適から全体最適へと移行することが可能になり始めている。

 

 次に、モノの細粒化。従来は特定の固定化された機能を持ったモノを顧客単位で販売し、購入した顧客はこれを所有して使うことで利便性を得てきた。しかし、最近ではモノのサービス化、つまり必要なモノを必要な時だけ利用するシェアリングサービスも普及してきている。これは既に数年前から普及が本格化しているクラウドサービスも同じだ。多くの利用者が仮想的に統合された巨大なサーバー群を所有することなく、みんなで割り勘で使い、使った分だけ対価を支払う”pay as you go”という形態が生まれた。モノを所有することなく、サービスとして共同利用するシェアリングサービスの多くは、クラウドサービスと同様のビジネスモデルの延長線上にあると言えるだろう。

 

 モノの細粒化を促しているもう一つの要素は、減算的生産から加算的生産への転換。これまでは多くの顧客のニーズを一般化し、ニーズに合致した規格化されたモノを生産する方式だった。多くの部品は原材料から設計図に沿って「切り出し」を行い、これを組み立てて大量にモノを作ってきた(大量生産は工業社会から始まった生産方式だ)。この「切り出し」を行う場合は余分な材料は不要物として廃棄または回収・再利用される。これに対し、加算的生産の場合、3Dプリンターを使って個人のニーズに沿ったモノを成型したり、固定された機能しか持っていないモノであってもソフトウェアの更新によって自由に機能追加を行うことが普通に行われるようになっている。こうした3Dプリンターの普及やソフトウェアによる機能追加は加算的生産の代表例の一つだと言えるだろう。

 

 もう一つの特徴は、取引の細粒化。これまではモノの供給者がアマゾンなどのプラットフォーム上に自社が販売するモノの情報を掲載し、これらの情報を比較した上で顧客はモノを購入してきた。その際の決済機能もプラットフォーム側に具備されている。このように、プラットフォーム事業者は供給者と購入者の間に介在する中間プレーヤーとして位置づけられる。自動配車サービスのウーバーも、車による移動サービスを提供したい提供者と、移動サービスを利用したい顧客との間に介在して需要と供給のマッチングを図る中間プレーヤーである。しかし、ブロックチェーン技術などを活用することで、供給者と需要者が直接つながり、取引を行い、改ざんできない形で取引記録を残すことも可能になってきた。中間プレーヤーという第三者介在型の取引から介在者不在の直取引への転換が今後進展する可能性がある。

 

 こうしたデータ・モノ・取引の細粒化が進むと、市場において需要と供給の不均衡を解消するための価格調整のメカニズムに時間がかからなくなり、モノの提供プロセスで生じていた無駄が排除されるようになる。追加的にモノを生産する場合の単位あたりのコスト(限界費用)が限りなくゼロに近づき、デジタル技術を核とした効率的できめの細かい社会や経済が実現する。ここにSociety 5.0の意味がある。

 

 しかし、こうした社会が実現するには多くの課題も存在する。課題は多岐にわたるが、ここでは3点挙げておきたい。まず第一に、アマゾンなどのプラットフォーム事業者の今後の動向が与える影響が重要になると見込まれる。彼らは、顧客やモノの提供者が自社のプラットフォームに集まる程、プラットフォーム上の顧客や提供者の利便性や収益が向上するという意味で「ネットワーク効果」を最大限生かしており、そのネットワーク効果の存在によって寡占的な市場を形成することが懸念される。彼らプラットフォーム事業者がSociety 5.0の実現にどのような効果(あるいは阻害)をもたらすか、特にこれらプラットフォーム事業者による情報独占が市場に歪みをもたらし、取引の細粒化が進まなくなる可能性がある。こうした課題は今後とも競争政策の在り方として検証を続けていく必要がある。例えば、データ連携の促進、認証連携の強化、ブロックチェーン技術の活用など、プラットフォーム事業者の代替的技術を伸ばすことで競争的要素を現状のプラットフォーム事業の領域に導入していくことが考えられる。現行のプラットフォーム事業に代替する、もしくは競合する事業の登場を促すことは得策ではない。それは事業領域は刻々と変化しているからだ。

 

 第二に、悪意の存在が市場に歪みを与える可能性がある。不当に利得を得ようとしたり他人の権利を侵害しようとする行為、つまりサイバー攻撃やサイバー犯罪が増加することで、Society 5.0の持つ潜在力が十分活かしきれなくなる可能性もある。このため、社会経済システム全体のサイバーセキュリティ対策の水準を向上させるための取り組みを継続していく必要がある。

 

 第三に、社会経済システムの変革を想定していない既存の制度がSociety 5.0の進展を妨げる可能性がある。また、サイバー空間には国境がないにもかかわらず物理的な国境が国と国の間には存在していることから、国ごとの制度やルールの違い、価値観の違いが、Society 5.0への円滑な移行に負の影響をもたらす可能性もあるだろう。

 

 このように、デジタル技術を中核としたSociety 5.0への移行は技術的・経済的観点からみれば実現可能性が大いに高まってきていると言える。他方、情報独占などに対応した競争政策の有効性の検証、サイバーセキュリティ政策の推進、規制制度の不断の見直しや国際的なルールの整合性の確保といった点にも十分目配りをしていくことが必要だろう。(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的な見解です)

 

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